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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7601号 判決

大阪府門真市大字上馬伏四二六番地の一

原告

ホーシンプロダクト株式会社

右代表者代表取締役

中尾治

右訴訟代理人弁護士

露口佳彦

兵庫県尼崎市南武庫之荘九丁目一八番三六号

被告

コーキ工業株式会社

右代表者代表取締役

高木徳文

右訴訟代理人弁護士

阿部幸孝

右訴訟復代理人弁護士

林義久

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は別紙イ号物件目録記載のコンクリートセパレータを製造し、販売し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。

二  被告は前項記載のコンクリートセパレータの在庫品及びその半製品(前項の物件の形状を具備しているが、未だ製品として完成に至らないもの)並びにそれを製造するための金型を廃棄せよ。

三  被告は原告に対し金二六〇〇万円及びこれに対する平成元年九月二七日(訴状送達日の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は日刊工業新聞、日本工業新聞、日本経済新聞の全国版に各一回宛、別紙記載の文案により、標題はゴシック四〇ポ活字、当事者双方の名称は二四ポ活字、その他の部分は一四ポ活字を使用した広告を掲載せよ。

第二  事案の概要

一  原告は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)の権利者である(争いがない)。

登録番号 第一七六六五七九号

考案の名称 コンクリートセパレータ

出願日 昭和五四年五月四日(実願昭五八-六七二六三号)

出願公告日 昭和六三年八月二九日(実公昭六三-三二二六〇号)

設定登録日 平成元年四月四日

実用新案登録請求の範囲

「縦断面形状がU形又はほぼU形で、このU形とされた相対向する両側対向板部に、これら対向板部を貫通する接合用ピン孔が形成されているコンクリートセパレータにおいて、相対向する板部4A、4A同志が互いに密着重合又は極近するように折曲げ形成されているとともに、前記各板部4A、4Aの上端からは各々横外方に向けてフランジ部4B、4Bが一体的に折曲げ形成され、かつ、前記両板部4A、4Aに貫通する状態で接合用ピン孔4aが形成されているコンクリートセパレータ。」

二  本件考案の構成要件及び作用効果(争いがない)

1  構成要件

(一) 縦断面形状がU形又はほぼU形で、このU形とされた相対向する両側対向板部に、これら対向板部を貫通する接合用ピン孔が形成されているコンクリートセパレータである。

(二) 相対向する板部4A、4A同志が互いに密着重合又は極近するように折曲げ形成されている。

(三) 前記各板部4A、4Aの上端からは各々横外方に向けてフランジ部4B、4Bが一体的に折曲げ形成されている。

(四) 前記両板部4A、4Aに貫通する状態で接合用ピン孔4aが形成されている。

2  作用効果(公報3欄10~31行目)

セパレータ主体部が、縦断面形状においてほぼT字状でかつ中間繋ぎ板部が折り返しによって密着重合又は極近する二重板構造であるから、

(一) 上下方向の外力に対しては両側対向板部が、また、側方からの外力に対しては横外方向きに突出形成されたフランジ部が、それぞれ耐圧強度部材として作用するため、全体として外力による変形が少なく、変形による接合用ピンの挿通による支障を来すことがなく、構成素板としては比較的薄肉の帯状板を用い、加工容易、かつ軽量にしながらも、引張強度はもとより、曲げ強度、圧縮強度も十分高いものに構成することができる。

(二) コンクリート打設時において、フランジの下方に生ずるコンクリートの安息角に起因する空洞部はその中央部が両側対向板部によって分断され僅小のものとなるとともに、対向板部の少なくとも下半部が確実にコンクリート内に埋設されるので、硬化コンクリート壁の強度低下を補償することができる。

三  原出願からの分割出願(甲一、二、七、八、乙一、二、三の1~3)

本件実用新案登録出願は、昭和五四年五月四日出願にかかる実用新案登録出願(実願昭五四-五九八一一号、以下「分割前原出願」といい、その考案を「分割前原考案」という)から、昭和五八年五月四日実願昭五八-六七二六三号として分割出願されたものである。なお、分割前原出願のうち、本件出願が分割された後の、残余の考案部分については、昭和六一年一〇月二日出願公告(実公昭六一-三三七八六号)された後、昭和六二年五月一四日登録第一六七九一〇一号として実用新案登録された。

四  被告の行為と原告との競業(争いがない)

被告は、本件実用新案登録出願公告日である昭和六三年八月二九日以降別紙イ号物件目録記載のコンクリートセパレータ(以下「イ号物件」という)を業として製造販売している。

原告はイ号物件と同種の商品を製造販売し、市場において競合している。

五  請求の概要

イ号物件の製造販売が本件実用新案権の侵害に該当することを理由に、その製造販売行為の差止め等及び出願公告日から平成元年八月末日までの間に被告がイ号物件の製造販売により得た利益と同額の損害金二六〇〇万円(一か月二万本以上製造販売、一本につき利益は少なくとも一〇〇円)の賠償を請求するとともに、イ号物件を安価に販売したこと等により原告の業務上の信用を著しく毀損させたことを理由に、新聞紙に謝罪広告の掲載を請求。

六  争点

1  本件実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」に、イ号物件のような中間接続部材(中間バー)が含まれるか否か。

2  右が肯定された場合、イ号物件は本件考案の構成要件(三)を充足するか否か。

3  以上が肯定された場合、

(一) 被告が賠償すべき損害金額

(二) 謝罪広告請求の可否

七  主な争点に関する当事者の主張

1  本件実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」に、イ号物件のような中間接続部材(中間バー)が含まれるか否かについて

(一) 原告の主張

(1) 業界の常識

コンクリートセパレータとは、コンクリート構築工事におけるコンクリート打設の際、コンクリート打設空間(形成壁)の両側に沿って組立構成される型枠間に亘って架け渡し、コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持するために用いられるものをいう。これには、本件考案の実施例図第1図及び第2図(公報3頁)に示すように、一端側に偏平板状の係止部と他端側に断面U字型(又はほぼU字型)の接続部を有する状態で一連一体に形成されたセパレータジョイント台と、他端側に前記ジョイント台の接続部に内嵌される接続部を有する状態で一連一体に形成されたコンクリートセパレータとを、両接続部の嵌合状態においてピンを介して連結接続することによって組立型枠を牽引支持する場合と、対設組立型枠の設定離間距離の如何によっては、右物件の中間にイ号物件の如き中間接続部材(中間バー)を接続使用する場合もあり、中間接続部材(中間バー)の対向板に形成された接合用ピン孔と前記のセパレータの対向板に形成された接合用ピン孔にピンを挿入して接合使用する場合もある。中間接続部材(中間バー)もコンクリートセパレータ用中間バーであって、やはりコンクリート型枠の牽引支持に使用されるものである。このことは被告が発行している商品カタログ「コーキのメタルセパ(セパレータの略)」の記載、すなわち「Tバー」という名称で販売されているイ号物件の使用方法に関する図面及び説明文からも明らかである。コンクリートセパレータという場合、ジョイント台と一体に形成されたものを指す場合もあれば中間接続部材(中間バー)を指称する場合もある。したがって、実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」とは、前記本件考案の構成要件を具備し、前記本件考案の作用効果を奏するものであれば、ジョイント台と一体に形成されたものも、中間接続部材(中間バー)も、両者を包含している。

コンクリートセパレータは業界では略して「セパ」と呼ばれているが、セパシリーズの名称で、ジョイント部、中間部、アンカーなど、それらを組み合わせて使用するものを指すものと観念されている(甲四)。中間接続部材(中間バー)は丸セパ又は丸セパレータと呼ばれている(甲五、六)。中間接続部材(中間バー)がコンクリートセパレータではないとの被告主張は、業界の常識に反するものであって到底認められるものでない。

(2) 分割前原出願との関係

分割前原出願にかかる分割前原考案には、受け部材としての第一部材Aと、この第一部材Aに嵌合支持されて連結される第二部材Bとが示されていた。この分割前原考案のうち、第一部材Aについての考案部分を分割前原出願に残し、第二部材Bについての考案部分を分割出願したのが本件考案である。すなわち、分割前原考案の実施例第1図、第2図に明らかな如く、図面左側の第二部材Bの接続部は、第一部材Aの接続部よりもはるかに長く形成してあるが、これは第一部材Aの接続部と同じ長さを有する接続部と中間接続部材(中間バー)を一体に長手方向に連続形成してあり、これを第一部材Aの接合部材に嵌合して(いわば受けられる部分)、ピン接続孔にピンを挿通して第一部材Aと第二部材Bとが接合される考案であった。すなわち、第二部材Bの接続部が本来の意味の接続部と本来の意味(ジョイントとは別個独立の部材としての)の中間接続部材(中間バー)とが一体形成されたものについて実用新案登録をしようとしていたので、分割前原出願願書添付の明細書に中間接続部材(中間バー)は不要と記載していたが、第二部材Bに本来の意味の中間接続部材(中間バー)が一体形成されているという意味で中間接続部材(中間バー)は分割前原考案に含まれていたのである。

本件考案は、この第二部材Bにおけるフランジ部が一体的に折曲げ形成されて断面T字型の構成を有するコンクリートセパレータが独立した考案を構成するものとして分割前原出願から分割されたものであり、分割前原考案との顕著な差異は、第一部材と第二部材との結合構造を考案の対象とせず、第二部材における断面T字型構造を考案の対象にし、第二部材において接続部と一体形成されていた係止部3を構成要件としていないことである。

本件考案は、係止部やそれと一体形成された接続部は構成要件としていないし、考案の詳細な説明にも中間接続部材(中間バー)を必要としない旨の記載は何処にもない。中間接続部材(中間バー)として使用される部材であろうと型枠への固定用の係止部を一体的に有しているものであろうと、要するに、前記本件考案の構成要件を具備しているコンクリートセパレータ部材は全て本件考案の技術的範囲に属するのであって、イ号物件もその例外ではない。

なお、本件考案の実施例を示すものとして、分割前原考案のものと同一図面を掲載しているが、これはあくまでも実施例の一態様にすぎず、分割後の本件考案の構成要件を具備したコンクリートセパレータは、コンクリート型枠に挿入固定する係止部と中間接続部材(中間バー)とを一体に形成した長尺構造として示してあり、中間接続部材(中間バー)はそれ自体では単体でコンクリート打設の際に型枠を引っ張り固定する作用を果たし得るものではないので、右一体に形成した長尺構造のものを断面T字型とした本件考案の一形態として示しているのである。

(3) 本件考案は、コンクリートセパレータにおいて、接続部分の対向板部の上端に横外方向に折り曲げられたフランジ部分を有する断面T字型の接続部材で、もう一方の接続部材の接続部分に嵌合する接続部材についての考案であり、断面がT字型の接続部材で他の接続部材に嵌合する部材であれば、分割部材であろうと中間接続部材(中間バー)であろうと関係なく、いずれをも含むと解すべきである。中間接続部材(中間バー)を介せず両分割部材を直接連結するという考案と、断面T字型の接続部材で他の接続部材に嵌合するという考案は、その目的を異にする別個の考案であって、その技術的構成及び作用効果が全く異なるのである。それ故にこそ、分割前原考案について実用新案登録がされたほかに、本件考案についても実用新案登録がされているのである。本件考案の技術的範囲から中間接続部材(中間バー)が除外される理由はない。本件考案の詳細な説明及び図面中にも、中間接続部材(中間バー)を除外することを示唆する記載がないばかりでなく、実用新案登録請求の範囲にも、コンクリート型枠に挿入固定される係止部とこれと一体的に形成された接続部分という記載がない。係止部とこれと一体的に形成された接続部分を構成要件としていない以上、係止部とこれと一体的に形成された接続部分を有しない中間接続部材(中間バー)も、実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」に含まれると解さざるを得ないのである。実施例図には中間接続部材(中間バー)が記載されていないが、これは中間接続部材(中間バー)を使用しない場合もあるということを示しているにすぎない。

(二) 被告の主張

(1) イ号物件は実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」ではない。イ号物件は「中間バー」と略称される独立した部材であり、コンクリートセパレータとの関係でのみ使用されるものではなく、コンクリート型枠引っ張り支持用アンカーの使用に伴つても使用されるものである。

本件考案の詳細な説明における従来技術の説明では、第5図を示し、縦断面形状U字形の部材を「コンクリートセパレータ3」といい、また他方では本件考案の実施例の説明では「一端側に偏平板状の係止部3を他端側にジョイント台Aの接続部2に内嵌される接続部4を有する状態で一連一体に形成された部材」を「コンクリートセパレータB」(第1図B)といっている。しかし、右両者は別個の構造のものである。

原告は、「コンクリートセパレータ」を「・・・両側に沿って組立構成される型枠間に架け渡す・・・物」と定義しているが、第5図に示される符号3の形状の部材のみでは「型枠間に架け渡す」ことは不可能である。型枠間に架け渡すためには、その作用を有する形状のものが両側端に設けられなければならない。一方、第1図Bをもって示される部材では、一方の側の型枠に対しては取りつけることができるけれども、他方の側の型枠に取りつけるには、原告のいうジョイント台Aが必要である。

型枠間に架け渡す作用は、原告がコンクリートセパレータという第1図Bの部材と、原告がジョイント台Aという部材が組み合わされて、初めてその作用が得られるのである。その場合、イ号物件は用いられていないのである。イ号物件が用いられるのは、原告がコンクリートセパレータという第1図Bの部材と、原告がジョイント台Aという部材とを接続するのみでは設定距離が不足している場合である。しかし、その場合(距離が不足している場合)には、原告がコンクリートセパレータという第1図Bの部材は用いられず、両側の型枠には原告がジョイント台Aという部材が取りつけられ、その中間にイ号物件が補助材として用いられるのである。もっとも、距離が不足している場合に補助材としてイ号物件が用いられるのは、両側に沿って組立構成される型枠間に架け渡すコンクリートセパレータの場合のみではなく、一側端に設けられるコンクリート型枠のみを引っ張り支持するコンクリート型枠引張支持用アンカーにも同様に用いられるのである。

以上のとおり、イ号物件は距離が不足した場合を補う補助材としての独立部材であり、コンクリートセパレータに限定されるものではない。

(2) 分割前原出願との関係

〈1〉 本件考案は、分割前原出願から分割出願されたものであるから、その権利範囲は、あくまでも分割前原出願願書添付の明細書及び図面の記載の範囲を超えることができないことは明らかである。そこで、分割前原出願願書添付の明細書及び図面の記載に基づいて検討するに、分割前原考案は、従来のコンクリートセパレータで使用されていた中間接続部材(中間バー)を使用しないコンクリートセパレータを得ることを目的として考案されたものであり、その構成要件は次のとおり分説するのが相当である。

イ 一端側に隣接コンクリート型枠6、6の重合接当面6A、6A間に挿入して離脱可能に係止固定される偏平板状の係止部1を有し、

ロ かつ、他端側に断面U字形、又はほぼU字形状の接続部2を有する状態に、

ハ 一連一体に形成した第1部材Aと、

ニ 一端側に前記と同様の係止部3を有し、

ホ かつ、他端側には前記第一部材Aの接続部2に嵌合するように、その対向板部4A、4A同志が密着重合、又は極近すべく巾方向に折返した接続部4を有する状態に、

ヘ 一連一体に形成した第2部材Bとを、

ト それらの接続部2、4に設けた複数のピン孔2a、4a…を介七て伸縮ならびに固定自在に構成してあることを特徴とする、

チ コンクリートセパレータ

〈2〉 分割前原考案は、右構成を採用することによって、次の作用効果を奏するとしている。

a 「従来一般的に中間媒体として用いられていた扁平帯板状の中間バーを必要とせず、従来この中間バーの両端部に接続される状態で用いられていた所謂ジョイント台に相当する第1部材Aと第2部材Bとを直接に接続することをもって構成することができる」(分割前原出願願書添付明細書6頁2~8行目)

b 「両接続部2、4はともに、相互の嵌合範囲のみならず、係止部1、3に至るまでの全長範囲に亘って対向壁構造(二重壁構造)となっているから、セパレータをして、従来の扁平帯板状中間バーを媒介させていたものに比し、その全体に亘り大なる耐引張強度のみならず、大なる耐圧縮および耐曲げの強度を発現させることができる。」(同書6頁16~7頁3行目)

c 「両接続部2、4には、夫々複数のピン孔2a、4a・・を形成してあるので、従来の如く中間バーを媒介させるといったことをせずとも、両接続部2、4を嵌合させた安定の良い状態で両接続部2、4を相対的にスライドさせて適当なピン孔を選択合致させるだけの極く簡単な作業でセパレータの長さ寸法を調整することができ、かつ寸法調整後は合致したピン孔に対してピンを挿通するだけの極く簡単な作業で第1、第2両部材A、Bを接続することができる。」(同書7頁4~14行目)

〈3〉 以上のとおり、分割前原考案は特殊な構成、すなわち、一端側に偏平板状の係止部を、また、他端側に断面U字形、又はほぼU字形状の接続部を形成した第1部材Aと、これと同様に形成された第2部材Bとを直接連結した構成としたことで中間接続部材(中間バー)を不要とする考案であって、分割前原出願願書添付の明細書には中間接続部材(中間バー)が不要になることについての作用効果が顕著に記載されており、中間接続部材(中間バー)を考案の対象から除外していたのであって、分割前原出願願書添付の図面にも中間接続部材(中間バー)は全く示されていない。したがって、分割前原出願においても手続補正の方法をもってしても、中間接続部材(中間バー)を考案の対象に含めることは不可能であったのである。

このように、分割前原考案の対象に中間接続部材(中間バー)が含まれていなかったのであるから、分割前原出願から分割された実用新案登録出願にかかる本件考案の対象に中間接続部材(中間バー)が含まれていないことは明白である。特許庁審判(乙二)も同旨の判断を示している。

〈4〉 なお、仮に原告主張のとおり本件考案の対象に中間接続部材(中間バー)が含まれることになるとすれば、本件考案は分割前原考案の技術的範囲を逸脱したものであり、本件実用新案登録出願の分割は不適法である。そうすると、本件実用新案登録出願は、出願日遡及の効果を享受することは許されず、現実の出願日である昭和五八年五月四日出願となり、その場合は、同日前に頒布された刊行物(例えば分割前原出願の公開公報実開昭五五-一六〇四五二号)に本件考案と同旨の考案が記載されていたから、無効事由がある。

2  イ号物件は本件考案の構成要件(三)を充足するか否かについて

(一) 原告の主張

イ号物件のフランジ部は、各々横外方に向けて一体的に折曲げ形成されている。そのフランジ部が斜上外方を向いているとしてもその程度は極く僅かであって、本件考案の奏する作用効果を完全に有しているから、イ号物件は本件考案の構成要件(三)を具備しているというべきである。イ号物件のフランジ部は断面Y字形状をしていない。イ号物件の断面形状も、フランジ部を除けば、ほぼU字形状である。

(二) 被告の主張

イ号物件は、イ号図面から明らかなとおり、縦断面形状が全体としてY字状であり、フランジ部が横外方に向けて折曲げ形成されていない。したがって、イ号物件は本件考案の構成要件(三)を具備していない。

第三  争点に対する判断

一  本件実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」に、イ号物件のような中間接続部材(中間バー)が含まれるか否かについて

1  明細書及び図面の記載

考案の詳細な説明の項には、「本考案は、例えばコンクリート製側溝の壁などをコンクリートの打設により形成する際に、コンクリート打設空間(形成壁)の両側に沿って組立構成される型枠間に亘って架け渡し、もって、コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持すべく用いられるコンクリートセパレータに関する。」と記載(公報1欄14~20行目)されており、一見したところ、「コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持すべく用いられる部材」全てが本件考案の対象であるかのように見えないではないけれども、同項3欄32~43行目には、「以下本考案の実施例を図面に基づいて詳述すると、第1図及び第2図において、Aは、一端側に扁平板状の係止部1を、他端側に断面U字形(又はほぼU字形状)の接続部2を有する状態で一連一体に形成されたセパレータジョイト台であり、Bは一端側に扁平板状の係止部3を、他端側に前記ジョイント台Aの接続部2に内嵌される接続部4を有する状態で一連一体に形成されたコンクリートセパレータであり、これらジョイント台AとセパレータBとを、両接続部2、4の嵌合状態においてピン5を介して連続接続することにより、組立型枠を牽引支持する。」と記載されており、「コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持すべく用いられる部材」として最も重要な役割を果たす、組立型枠に直接接続する部材(ジョイント台AとセパレータB)のうち一方の部材(ジョイント台A)が、本件考案の対象となるコンクリートセパレータに含まれていないことが明記されている。したがって、本件考案の対象が、「コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持すべく用いられる部材」全てを含むものでないことはいうまでもない。この点において既に、実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」は、前記本件考案の構成要件を具備し、前記本件考案の作用効果を奏するものであれば、ジョイント台と一体に形成されたものも、中間接続部材(中間バー)も、両者を包含している旨の原告主張が、根拠のないものであることは明らかである。

また、そのほか考案の詳細な説明の項には、従来公知のこの種コンクリートセパレータとして図面第5図のものが示されているが、一部分の断面形状だけであり、その全体形状は全く不明である。結局、明細書及び図面の記載からは、明細書及び図面中において、「コンクリートセパレータB」として説明・図示されている、一端側に扁平板状の係止部3を、他端側に前記ジョイント台Aの接続部2に内嵌される接続部4を有する状態で一連一体に形成されたコンクリートセパレータが、本件考案にいうコンクリートセパレータであること以上のことは分からないというほかない。また、本件考案にいうコンクリートセパレータに中間接続部材(中間バー)を含むことを示唆するような記載はない。

2  分割前原出願との関係

本件考案は、分割前原出願から分割出願されたものであるから、その技術的範囲は、あくまでも分割前原出願の明細書及び図面に記載の考案の範囲を超えることができないことは明らかである。

そこで、分割前原出願願書添付の明細書及び図面の記載(乙一)を見ると、分割前原出願における実用新案登録請求の範囲は、「一端側に隣接コンクリート型枠6、6の重合接当面6A、6A間に挿入して離脱可能に係止固定される偏平板状の係止部1を有し、かつ、他端側に断面U字形又はほぼU字形状の接続部2を有する状態に一連一体に形成した第1部材Aと、一端側に前記と同様の係止部3を有し、かつ他端側には、前記第1部材Aの接続部2に嵌合するようにその対向板部4A、4A同志が密着重合又は極近すべく巾方向に折返した接続部4を有する状態に一連一体に形成した第2部材Bとを、それらの接続部2、4に設けた複数のピン孔2a、4a・・・を介して伸縮ならびに固定自在に構成してあることを特徴とするコンクリートセパレータ」というものであり(分割前原出願願書添付明細書1頁5~18行目)、分割前原考案は右構成を採用することにより、(一) 「従来一般的に中間媒体として用いられていた扁平帯板状の中間バーを必要とせず、従来この中間バーの両端部に接続される状態で用いられていた所謂ジョイント台に相当する第1部材Aと第2部材Bとを直接に接続することをもって構成することができる」(同書6頁2~8行目)、(二) 「両接続部2、4はともに、相互の嵌合範囲のみならず、係止部1、3に至るまでの全長範囲に亘って対向壁構造(二重壁構造)となっているから、セパレータをして、従来の扁平帯板状の中間バーを媒介させていたものに比し、その全体に亘り大なる耐引張強度のみならず、大なる耐圧縮および耐曲げの強度を発現させることができる。」(同書6頁16~7頁3行目)、(三) 「両接続部2、4には、夫々複数のピン孔2a、4a・・を形成してあるので、従来の如く中間バーを媒介させるといったことをせずとも、両接続部2、4を嵌合させた安定の良い状態で両接続部2、4を相対的にスライドさせて適当なピン孔を選択合致させるだけの極く簡単な作業でセパレータの長さ寸法を調整することができ、かつ寸法調整後は合致したピン孔に対してピンを挿通するだけの極く簡単な作業で第1、第2両部材A、Bを接続することができる。」(同書7頁4~14行目)と記載されている。

以上の記載に鑑みると、分割前原考案は、前記実用新案登録請求の範囲に記載の構成を取ることによって、中間接続部材(中間バー)を不要とすることにした考案であって、分割前原出願願書添付の明細書には中間接続部材(中間バー)が不要になることについての作用効果が顕著に記載されており、積極的に中間接続部材(中間バー)を考案の対象から除外していたと考えるほかない。分割前原出願願書添付の図面にも中間接続部材(中間バー)は全く示されていない。

このように、分割前原考案の対象に中間接続部材(中間バー)が含まれておらず、分割前願書添付の明細書及び図面には中間接続部材(中間バー)の形状、構造に係る考案は記載されていなかったのであるから、分割前原出願から分割された実用新案登録出願にかかる本件考案の対象に中間接続部材(中間バー)が含まれていないことは明白である。

3  結論

右の各事実を総合すると、本件実用新案登録請求の範囲にいう「コンクリートセパレータ」にはイ号物件のような中間接続部材(中間バー)は含まれていないから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

二  結語

以上のとおりであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 長井浩一 裁判官 辻川靖夫)

イ号物件目録

一 イ号図面の説明

第一図は斜視図、第二図は一部省略した側面図、第三図は第二図におけるⅢ-Ⅲ線縦断端面図、第四図は一部省略した平面図。

二 物件の説明

イ号物件は、イ号図面記載の形状のもので、コンクリート構築工事において両端部にジョイント部材を、又は一端部にジョイント部材、他端部にアンカーを連結し、コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持するためなどに用いられる中間接続金具(中間バー)である。

三 構造の説明

1 相対する板部4A、4A同志が互いにほぼ重合するよう縦断面U字状に折り曲げされており、

2 前記板部4A、4Aの上端からは各々上斜外に向けてフランジ部4B、4Bが一体的に湾曲形成され、

3 前記両板部4A、4Aに貫通する連結用ピン孔4aが形成されている。

以上

イ号図面

〈省略〉

〈19〉日本国特許庁(JP) 〈11〉実用新案出願公告

〈12〉実用新案公報(Y2) 昭63-32260

〈51〉Int.Cl.4E 04 G 17/08 識別記号 庁内整理番号 6963-2E 〈24〉〈44〉公告 昭和63年(1988)8月29日

〈54〉考案の名称 コンクリートセパレータ

〈21〉実願 昭58-67263 〈65〉公開 昭59-51150

〈22〉出願 昭54(1979)5月4日 〈43〉昭59(1984)4月4日

〈62〉実願 昭54-59811の分割

〈72〉考案者 亀井進 大阪府大阪市東淀川区東中島4丁目11の33の306

〈71〉出願人 ホーシンプロダクト株式会社 大阪府門真市大字上馬伏426-1

〈74〉代理人 弁理士 佐当弥太郎 審査官 丸山亮

〈56〉参考文献 実開 昭53-65226(JP、U)

〈57〉実用新案登録請求の範囲

縦断面形状がU形又はほぼU形で、このU形とされた相対向する両側対向板部に、これら対向板部を貫通する接合用ピン孔が形成されているコンクリートセパレータにおいて、相対向する板部4A、4A同志が互いに密着重合又は極近するように折曲げ形成されているとともに、前記各板部4A、4Aの上端からは各々横外方に向けてフランジ部4B、4Bが一体的に折曲げ形成され、かつ、前記両板部4A、4Aに貫通する状態で接合用ピン孔4aが形成されているコンクリートセパレータ。

考案の詳細な説明

本考案は、例えばコンクリート製側溝の壁などをコンクリートの打設により形成する際に、コンクリート打設空間(形成壁)の両側に沿つて組立構成される型枠間に亘つて架け渡し、もつて、コンクリート打設時に組立型枠に作用する側圧に抗して組立型枠を牽引支持すべく用いられるコンクリートセパレータに関する。

この種のコンクリートセパレータにおいては、所期の型枠牽引支持作用を達成する上で十分な引張強度が必要なのはもとより、型枠の組付け、セパレータの架け渡し作業時において既に架け渡しされたセパレータに足をかけたり、他物をぶつけることもあつて、曲げ強度及び圧縮強度としても十分に高い強度が要求される。

従来公知のこの種のコンクリートセパレータとしては、例えば第5図に示したように、相対向する板部3A、3Aをその上下幅とほぼ同間隔隔てた幅とした縦断面形状U字形のコンクリートセパレータ3が知られている(実開昭53-65226号公報参照)。

しかしながら、このような従来構造のものは、対向板部3A、3Aが上方に向かつて直立している構造のため、対向板部3A、3Aの上方開口部分が側圧に弱く外力によつて、変形し易く、変形すると所定の重合連設が困難で、接合用ピン4の挿入が困難となるという問題点があつた。そのため比較的変形しにくい強度のある厚い板材を使用し、この問題点に対処しているのが現状である。

また、従来のこの種のコンクリートセパレータにあつては、縦断面形状における横幅が広いため、同図に示したように、コンクリート打設時において、コンクリートの安息角dに起因する空洞部cが、底部の下方に広幅状態で生じ、そのため硬化コンクリート壁の強度低下を生じ易いという問題点をも有していた。

本考案は、上記の各種強度に勝れたものを製作面で有利に構成せんとする点に目的を有する。

上記目的を達成するために講じた本考案に係るコンクリートセパレータの特徴構成は、縦断面形状がU形又はほぼU形でその対向板部に接合用ピン孔が貫通形成されているコンクリートセパレータにおいて、相対向する板部同志が互いに密着重合又は極近するように折曲げ形成されているとともに、前記各板部の上端からは各々横外方に向けてフランジ部が一体的に折曲げ形成され、かつ、前記両板部に貫通する状態で接合用ピン孔が形成されている点にあり、かかる特徴構成を有する本考案の作用効果は次の通りである。

つまり、組立型枠間に亘つて架け渡しされるセパレータ主体部が、全体縦断面形状においてほぼT字状でかつその中間繋ぎ板部が折り返しによつて密着重合又は極近する二重板構造であるから、上下方向の外力に対しては両側対向板部が、また、側方からの外力に対しては横外方向きに突出形成されたフランジ部が、それぞれ耐圧強度部材として作用するため、全体として外力による変形が少なく、変形による接合用ピンの挿通による支障を来たすことがなく、構成素板としては比較的薄肉の帯状板を用い、加工容易かつ軽量にしながらも、引張強度はもとより、曲げ強度、圧縮強度も十分高いものに構成することができるに至つた。

しかも、コンクリート打設時において、フランジ部の下方に生ずるコンクリートの安息角に起因する空洞部はその中央部が両側対向板部によつて分断され僅小のものとなるとともに、対向板部の少なくとも下半部が確実にコンクリート内に埋設されるので、硬化コンクリート壁の強度低下を補償することが出来るという効果をも併せ有するに至つた。

以下本考案の実施例を図面に基づいて詳述すると、第1図及び第2図において、Aは、一端側に扁平板状の係止部1を、他端側に断面U字形(又はほぼU字形状)の接続部2を有する状態で一連一体に形成されたセパレータジヨイント台であり、Bは一端側に扁平板状の係止部3を、他端側に前記ジヨイント台Aの接続部2に内嵌される接続部4を有する状態で一連一体に形成されたコンクリートセパレータであり、これらジヨイント台AとセパレータBとを、両接続部2、4の嵌合状態においてピン5を介して連結接続することにより、組立型枠を牽引支持する。

前記各係止部1、3は、夫々隣接コンクリート型枠6、6…の重合接当面6A、6A…間に挿入され、各係止部1、3に形成の孔1a、3aと型枠6、6…側に形成の孔6a、6a…とに亘つてUクリツプ7、7を挿通することにより、夫々型枠6、6…に離脱可能な状態で係止固定されるものである。

前記コンクリートセパレータB側の接続部4は、第3図に示すように、ジヨイント台A側の断面U字形の接続部2を更に折曲げたような格好、つまりこの接続部4における対向板部4A、4A同志が互いに密着重合(又は極近)する状態で巾方向に折返えされた形状を呈し、この対向板部4A、4A夫々の外側面が、ジヨイント台A側の接続部2における対向板部2A、2A夫々の内側面に密着し、かつ対向板部4A、4A上端から各々横外方に向けて一体的に折曲げ形成したフランジ部4B、4Bの下面が、対向板部2A、2Aに対して同様に形成したフランジ部2B、2Bの上面に密着するよう構成されている。

2a、2a…は、対向板部2A、2A夫々に、その長手方向で適当間隔隔てる状態に形成した複数対のピン孔、4a、4a…は、対向板部4A、4A夫々に同様に形成した複数対のピン孔で、セパレータSに対設組立型枠K、Kの設定離間距離に対応した長さ寸法を与える上で必要な一対のピン孔2a、2aと4a、4aとを選択し、これら選択された位相を合致された4つのピン孔に対して前記のピン5を挿通係止してある。

第4図は第3図に示した部分におけるコンクリート打設状態を示したもので、フランジ部4B、2Bの下方に、コンクリートの安息角dに起因する空洞部cが生ずるが、該空洞部cは対向板部4A、2aによつてその中央部が分断され僅小のものとなるとともに、該対向板部4A、2Aの下方の大部分は確実にコンクリート内に埋設される。

尚、全体の長さ寸法調整は、ピン孔の選択に基づいて、例えば3mmとか5mmとか非常に小さな単位寸法での微調整が行なえる。

図面の簡単な説明

図面は本考案に係るコンクリートセパレータの実施例を示し、第1図は型枠への組付け状態を示す全体の一部切欠き側面図、第2図は同状態の一部切欠き平面図、第3図は要部縦断正面図、第4図はコンクリート打設状態を示す本考案品の縦断正面図、第5図は従来品の構造とコンクリート打設状態を示す縦断正面図である。

4A……対向板部、4B……フランジ部、4a……ピン孔。

第1図

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第2図

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第3図

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第4図

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第5図

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実用新案公報

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